不動産法令をコスパよく学ぶコツ2つ【不動産鑑定士が解説します】
安い売り物件があるけど法令で利用が制限されているらしい。不動産屋さんに「〇〇法の規制があって・・・」と説明してもらったけど不安なので、念のためその法令のことを理解しておきたい。
そう考えているあなたのために、20年以上の不動産鑑定歴をふまえてコスパ良く不動産法令を学ぶコツを解説します。
不動産鑑定士は弁護士のように法律事務そのものが職業ではありませんが、法令の知識は仕事に不可欠です。資格を取った後も法改正や新法の施行があるためいつも法律を学んでいますので、コスパの良い不動産法令の学び方をあなたと共有したいと思います。
この記事で以下の内容がわかります。
- コスパよく不動産法令を学ぶコツ2つ
- 実際の学び方
コスパ良く不動産法令を学ぶコツ
① 法律の目的を知ろう
「いきなり大きく出たな」と思われるかもしれませんが、ちょっと我慢してお付き合いください。
法律には全て目的(「立法趣旨」といいます、覚えておきましょう)がありますのでまずこれを理解しましょう。なぜ立法趣旨を理解する必要があるのかを具体例を示して解説します。
道路ってなに?
「道路とは?」と聞かれたらあなたは何と答えますか?「人や自動車や自転車が行きかうところ」でしょうか?ここでは3つの法律で何を道路と呼んでいるのかを見てみましょう。
建築基準法では道路を「次の各号のいずれかに該当する幅員四メートル以上のもの」と定めています。「次の各号のいずれか」は脇においておいて、キーワードは「4メートル以上」です。「幅員」とは道路の幅のことです。
道路法では道路は「一般交通の用に供する道で次条各号に掲げるもの」です。「次条各号に掲げるもの」は脇においておいて、4メートル未満でも道路です。
道路交通法では道路は「道路法に規定する道路、道路運送法に規定する自動車道及び一般交通の用に供するその他の場所」です。4メートル未満でも道路ですし、道路法で道路と決められた場所でなくても一般交通に使われていたら道路です。
なぜこのような違いがあるのでしょうか?
立法趣旨
3つの法律は立法趣旨が違います。
建築基準法の立法趣旨は「建物の安全の確保」、道路法の立法趣旨は「道路網の整備」、道路交通法の立法趣旨は「交通の安全の確保」です。
もしも道路交通法において幅4メートル未満のものは道路に含まれないとしたら、例えば幅3メートルの道路を走る自動車はいくら速度をだしてもスピード違反にならないということになります。それでは交通の安全は確保できないですよね?だから一般交通に使われる場所は全て道路に含めないと立法趣旨が実現できないのです。
では、建築基準法はなぜ道路を幅4メートル以上のものに限定しているのでしょうか。それは木造建築が多い日本において、道路の幅は4メートル以上あった方が災害発生時に火災が隣接する街区に延焼する可能性が低い、消火活動のための消防車などの緊急車両の通行に支障が起きにくい、などの理由からです。
幅4メートル未満の道路沿いには建物の建築を認めないことで、災害発生時の建物の安全を確保しようとしているのです。
理解は頭に定着する
人の脳には暗記よりも理解の方が定着します。暗記したことは時間とともに劣化しいずれ忘れてしまいます。でも「なぜ?」を理解していたら思い出すことができ、学びのパフォーマンスが上がります。
コスパはパフォーマンス÷コスト(時間的コストを含む)ですから、いつも「なぜ?」「何のために?」という立法趣旨を意識しながら不動産法令を学ぶとコスパが上がるのです。
法律の目的・立法趣旨は通常は各法律の第一条に書いてありますので、必ず読むようにしましょう。
建築基準法の目的は建物の安全の確保と書いてきましたが、正確には第一条の通り「建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資すること」です。
② 全体構造を知ろう
法律の全体構造を知るということもコスパの向上のために重要です。
目次を見る
「〇〇六法」といった書籍には目次がついています。インターネットで検索可能な法令集も目次から始まっています。この目次をよく見て法律の構成を把握しましょう。なぜならば、法律はお互いに関係性が強いものや共通性があるものを同じ章に集めているからです。裏を返せば、章が違えば関係性が弱かったり共通性がなかったりするということです。
建築基準法は次のような章立てになっています。
- 総則
- 建築物の敷地、構造及び建築設備
- 都市計画区域等における建築物の敷地、構造、建築設備及び用途
- 建築協定(ほか4章の2、4章の3)
- 建築審査会
- 雑則
- 罰則
以上が目次の確認です。
構成を理解する
第2章は一般に「単体規定」と呼ばれ全ての建物に適用されます。第3章は一般に「集団規定」と呼ばれ特定の区域内の建物についてのみ適用されます。
なぜこのようなことがわかるかというと、第3章の集団規定の最初の条文である第41条に「この章(第八節を除く。)の規定は、都市計画区域及び準都市計画区域内に限り、適用する」と書いてあるからです。
で、先ほどの道路の規定は上記の第41条のすぐ後の同じ章内の第42条にありますので集団規定ということになります。なので都市計画区域及び準都市計画区域内に限って適用され、これら区域外では適用がありません。
コツのまとめ
①②をまとめると
ここまでのことを前提に、建築基準法の道路の規定をもう一度全体像の中でとらえなおしてみましょう。
建築基準法の立法趣旨は建物の安全の確保でした。そして集団規定は特定の区域内の建物に関する規定でした。その中で道路はなぜ4メートル以上ないといけないのか、なぜこのように道路法や道路交通法にない要件を道路に求めているのかをまとめてみましょう。
建物が建ち並びそうな場所は通常は都市計画区域及び準都市計画区域に指定されている→これら区域では集団規定を適用し建物を建築しようとする土地は4メートル以上の道路に接することを義務化する→4メートル未満の道路に面している土地には建物は建築できない→各街区の間隔が4メートル以上確保される→災害の時の延焼の恐れが低くなり、緊急車両の通行も容易になる→建物の安全が確保される
というロジックです。
コスパについて
前述の通りコスパはパフォーマンス÷コスト(時間的コストを含む)ですが、往々にして「いかにコストを下げる(手間を省く)か」に意識がいきがちです。でも学んだ知識が不正確だったらパフォーマンスがゼロになります。
上の例でいえば、都市計画区域及・準都市計画区域の外の土地であればそもそも建築基準法上は道路の幅が問題になることはないのです。
これを、手早く調べたいからといってネットで検索して、ヒットした記事が「読者は単体規定と集団規定の違いが分かっている」という前提で書かれていたら、あなたは全ての道路について建物の建築のためには幅が4メートル必要だという誤解からスタートすることになります。
また、人の脳には暗記よりも理解の方が定着します。これもパフォーマンスです。
コスパを上げるためには分母のコストを小さくすることだけではなく、分子のパフォーマンスをいかに上げるかという視点も必要なのではないでしょうか?
実際の学び方
以上をふまえて、実際の学び方を解説します。
本で調べる
例えば上の例では「単体規定とか集団規定とかいった言葉は建築基準法では使われていないのにどうやってそのような概念・呼称があることを知ることができるのか?」という疑問がわくと思います。
答えは「本に載っている」です。
ネット活用のデメリット
これはネットでも調べられそうですが、検索する時点で「単体規定」や「集団規定」といったキーワードを知らなければ検索に時間がかかってしまいます。また、ネット上にはどちらかというと個別論点を取り上げた記事が多いので全体像の把握にはやや不向きなことが多く、また、発信自由なので記事の内容が信頼に足るかどうかを検証する作業も必要になってきます。これが結構きりがなかったりします。
一方、本には目次があるので全体像が見渡しやすく、出版社や著者を選べば情報もほぼ確実です。
図書館に行こう
本で調べると言っても購入するか図書館で調べるかの選択となりますので、それぞれの場合のメリットとデメリットを例示します。
メリット | デメリット | |
図書館 | お金がかからない 最新の本を選べる | 図書館に行く手間 書き込みができない |
購入 | いつでも手元における 書き込みができる | お金がかかる 最新版でなくなる |
職業として不動産にかかわるのでなければお勧めは図書館です。最近は自宅からでもウェブで蔵書検索や閲覧予約できる図書館も多く、どの本を選べばいいかわからなければ図書館員の方に相談にのってもらえます。また、何冊かの本を見比べてあなたの調べたい論点が記載されている本を探すことができます。
記事のまとめ
法律の立法趣旨・全体構造を理解すると個別の論点、この記事では冒頭の不動産屋さんが「〇〇法の規制があって・・・」と言ったその内容の理解がかなり進むと思いますし、不動産屋さんにあなたの理解の度合いが深いことが伝わればより詳細な内容も話そうという気になってもらえるでしょう。
そして何よりも、あなたが「なぜこの物件は安いのか」を正確に理解した上でこの物件を買うべきか否かの判断ができるようになります。このような利益を享受するためには当然コスト、すなわち時間と労力の投入も必要です。
ただ、コストは投入したからと言って必ずパフォーマンスにつながるわけではなく、むしろどの方向に努力するかというコストの質が結果としてのパフォーマンスに影響します。
あなたが不動産法規を「コスパ良く」学ぶのにこの記事が参考になれば幸いです。